河西祐史「ハイカーの話、トレイルの話」#07 シエラネバダの「メインテナー」

トレイルヘッド(トレイルの入り口)の駐車場で。ハイカーたちと、ラバのキャラバンが行き違ったところ。

シエラの山中で何回か見たことがある。馬に乗ったレンジャーが、荷物を背負わせたラバ(オスのロバとメスの馬から生まれる家畜)の一団を率いているのだ。ハイカーたちはキャラバン(隊商)と呼んでいた。レンジャーたちも山中で過ごしているからその生活物資と思っていたが、メインテナーの分も運んでいたのか。
「だから街に降りなくていい」
「シャワーは?ぜんぜん浴びないの?」
「ぜんぜんってことはないよ。ヨセミテ・バレーにはシャワーがあるから、あのエリアでは普通に浴びている。洗濯もするし」
ヨセミテ・バレーは、広大なシエラネバダで唯一の「観光客を大規模に受け入れている」場所だ。シャワーだけでなく、コインランドリーにプールまである。 関係者向けの家屋も多少は建てられている。野外生活の必要はない。
「他のエリアでは?」
「ハイカーがシャワーを浴びられるところでは俺たちもそうしているよ。あとは、時々だが体に石鹸を塗りたくって、川や湖に飛び込むな!」
わはは、とお互いに笑いあった。アウトドアを全くやらないヒトたちは、野外に出る我々を「川とかで体洗ったりするんでしょ」などとフケツさや過酷さを際立たせたイメージで馬鹿にする。実際にはこういった行為はシャレの範疇で、それに依存することはない。時々なら逆に面白い(シャレだから)し、やったほうが清潔になるのも事実だけれど。そこらへんの距離感は、長距離ハイカーもメインテナーも同じような感覚のようだ。 山中にリゾートなどがあれば、普段はそこへ行ってシャワーを使うのである。
「それでさ、どんな作業をしてるの?」
「雪解けが始まるとシーズンで、まずは『ドレーン』の掃除だな。冬の間に枯葉とか小枝がたまって、土をキャッチして埋まってしまうんだ。ハイカーがどっと来る前にコレを掃除してドレーンを通すのが第一で、一緒に『ウォーターバー』の手入れもしなきゃならない」
ドレーンとは排水路のことだ。山道というのはどうしても水の通り道となってしまうもので、放っておくと雨や雪解け水でどんどん路面が削られていってしまう。アメリカのトレイルには、この水を斜面の下側に逃がすための排水路がよく設けられている。ウォーターバーは、水をドレーンに導く「棒」なのだが、木の棒だったり石を並べたものだったり、場所によってはゴムの板だったりもする。トレイルに対してナナメに設置されているから見れば分かる。
「もう6月だけど」とニヤニヤしながら突っ込むと
「アハハ、そうだな!ドレーンの作業はそろそろ終わりだ」と彼も笑った。すでにハイカーが押し寄せる季節になってしまっていた。
「それで?その後は?」
「崩落なんかがあればその補修があるんだが、今年は急ぎのはなさそうだな。とりあえずこのエリアのドレーンを片付けたら、ハードユース区間に岩でステップ(段)を置く予定が入っている」
「へー。JMTの『人口』を考えると、そのうちトレイル全部が岩で覆われちまいそうだけど」
「それは俺も残念に思っている。自然な感じがしなくなるからな。でも、土のままだと崩れたりするし。仕方ないと思う」
「他にはどんな作業があるの?」
「滅多にないが、トレイルを閉鎖して並行するトレイルを新設することがある。そのくらいかな、大きな仕事といえば」
つまり彼らは「トレイルビルダー」でもあるわけだ。正式な職業名は何なんだろうとも思うが、そもそも「正式な名称」とかを気にしないのがアメリカ人である。
「そういえば、古いルートに枯れ枝なんかを放り込んで歩けなくしているのを見たけど、あれはキミらがやっているのか」
「あー、枯れ枝とかはレンジャーがやってるんじゃないかな」
微妙に区分があるようだ。
「5ヵ月間、ずっとそんな作業があるの?」
「だいたいあるよ。来年に持ち越しの作業もあるし、やろうと思えばいくらでもあるんじゃないかな」
山での生活のこと、作業のこと、面白くてずいぶん長時間話させてもらった。彼は自称スキー狂いで、冬はスキーばかりして過ごすか、カネが欲しければスキー場でバイトするかだそうで、夏だけ働けるメインテナーは都合のいい仕事だという。今後も続ける気満々だ。イヤならその年はやらなきゃいい、というスタイルらしい。
「そうは言っても、夏中ここで過ごすんだ。キツくない?」
「いやあ。この景色、この環境の中で過ごせるんだ。素晴らしいよ!」
そんな話をしていたら「おっと」と言って彼がトレイルからどいた。自分も横を見て同じ方向に避けた。通行者だ。だがただの通行者ではなく、それは「ロバに乗った男」だった。
アメリカの自然保護区はペットを連れて行くことに規制があるのが普通(規制しないと大量の観光客が犬の散歩に来る)だが、エリアによっては家畜の運用が許可されている。シエラネバダは舗装された道路がヨセミテを1本横切っているだけで、あとは道路で多少アプローチできても中に入っていくには歩きか家畜かしかない。レンジャーも馬やラバを使っている。この制度を逆手にとって、馬やラバに乗って野外を楽しむ人たちがいる。また自分はペット(だと思う)の背に荷物を縛り付けて歩いているハイカーを見たことがある。それはヤギだったりリャマだったりアルパカだったりしていつも驚きだが、この男はさらに珍しかった。ソンブレロ(メキシカンハット)に毛織のポンチョ、拍車の付いたブーツをはいて、まるで開拓時代のようなスタイルだったのだ。見事な口ヒゲもたくわえていた。乗っているのは全身真っ黒で、自分の知っているラバより耳が大きく、耳の先端にいくつかまとまった短い剛毛が生えていたからロバだと思う。
あまりの見事なコスプレぶりに自分は口をあんぐりと開け、写真を撮るのも忘れてロバを見送った。
ヒゲのメインテナーはくっくっく・・・と笑いをこらえながらこちらを見て
「なあ。この環境に5ヵ月だぜ?たまんねえだろ!」
と言ってきた。全くだ。面白すぎる。ひと夏をシエラネバダで過ごすというのは、何ものにも代え難い体験なのだった。
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